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トポロジーの立場から科学を解く |
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北海道大学大学院工学研究科教授
トポロジー理工学研究センターセンター長
丹田 聡氏
「現在の科学が直面している壁を突き破って新たな世界を切り開くには、東洋的なアプローチが不可欠だ」。液晶メビウスの発見者として知られる北大の丹田聡教授は、7月末に札幌市で開催された「DIS わぁるどin 北海道」で基調講演し、「無から有を創る教育環境」の構築など今後の科学研究に関する斬新な見解を述べた。そのエッセンスを紹介する。 |
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生命原理、社会現象、宇宙原理 −解明すべき3テーマ− |
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科学には分解と類推という2つのアプローチがあります。分解とはモノを細かく分けていく作業で、ギリシャで生まれたアトムという言葉に集約されます。「atom」の「a」は否定を意味し、「tom」は分けるという意味です。つまりもうこれ以上分けることができない、分割し尽くした先がatomということで、すべてはatomに行き尽く。このatomを基本として進んできたのが西洋科学です。
ところが分解では見えてこないものもあります。例えばドーナツの穴を例にとると、ドーナツをいくら細かく分解してもドーナツの真中の穴は見えてこない。分割するのではなく繋ぐことによって初めて見えてくるものがあります。これは東洋的な考え方に近く、東洋思想から新たな考え方が生まれてくる可能性は十分にあります。というより、現在の科学が直面している壁を突き破って新たな世界を切り開くには、分解という従来手法ではなく類推という東洋的なアプローチが不可欠であると考えています。私達がトポロジー理工学を推進する最大の理由です。
今世紀に解明すべき大きなテーマは、生命原理、社会現象、宇宙原理と言われています。生きるということは一体どういうことか。社会の様々な現象はなぜどのように生じるのか。宇宙についてもビッグバンの前はどうだったのか。この問題をどのように切り開いていくかが、今世紀の私達に課せられた大きなテーマです。 |
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複雑で進化し一度きりの現象 |
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これら3つのテーマには共通点があります。まず非常に複雑であること。絶えず進化するものであること。そしてすべて一度きりの現象であることの3つです。私は物理を専門としていますが、物理という学問は実証できないと解にならないわけで、つまり再現性を前提とします。しかし周知のように、世の中には一度きりしか生じないことが圧倒的に多いのですから、たとえ一度きりの事象でも取り扱えるような新しい科学的アプローチが必要だと考えています。このアプローチのひとつがトポロジーです。
トポロジーについて簡単に説明すると、連続変形していくことで共通点を見つけていく数学の一分野で、つながり方に着目して形の分類とその性質を表します。例えばコーヒーカップを少しずつ変形していくとドーナツになる。だからこれらはトポロジー的には同じものだということになります。宇宙の銀河系の渦と鳴門の渦潮は、数理構造において実は同じ方程式で記述します。数字で性質を記述するとほぼ同じで、台風も同様です。
ITにおけるネットワークにもこの考え方を応用できます。トポロジーは普遍的な概念ですので、今まで各分野でさまざまに応用されてきました。数学から生まれたトポロジーという概念が、すぐにアインシュタインなどによって宇宙の解明に使われたり、素粒子の解明に応用されてきました。宇宙、DNA、雪など一見して物性が全く違うように見えるものも、トポロジーによって同じように解明できるようになるかも知れません。ITネットワークに対しても同様で、生命ネットワークの解明と同様のアプローチが可能になるかも知れません。 |
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人に優しいネットワークを |
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「碁は生き物」とは呉清源の言葉ですが、序盤は一見何の意味もないような捨石が終盤になって強大な力を発揮し始めるのを見るにつけ、環境の変化や対応、成長、強い意思、さらには本能など、碁は生き物であると痛感します。ネットワークにも同じことを感じます。これは単なる比喩としてではなく、同じであると実感するところに真髄があります。宇宙も地球も生命もネットワークも実は同じです。これらに対して畏敬の念を抱きつつ「生きる」ことに応用していかねばなりません。ITネットワークの世界はビジネスに直結するだけに副次的な諸要素に目を奪われがちですが、人が幸せに生きるためのネットワークをいかに構築していくか、という発想が基本にあってこそ、人に優しいネットワークが成立すると考えています。
量子力学のITへの応用として期待される量子コンピュータについては現在のところまだ完成していませんが、完成すればこれまでのITの世界を変革することになるでしょう。量子ビットはひとつの素子にあらかじめ1と0を重ね合わせた構造ですので、素子2個だと2の2乗、3個だと2の3乗、N個だと2のN乗の組み合わせが可能です。つまり32個組み合わせるだけで約40億のデータ処理が瞬時に可能になります。 |
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教育とは「生きる」ことに新しい価値を生み出せる人材の育成 |
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量子コンピュータについてはその能力もさることながら、物理学、化学、情報科学その他さまざまな分野を融合することによって可能になることが大きな魅力です。このように分野の垣根を取り払ったアプローチによって新たな研究開発が可能となり、この方向性は私達のトポロジー理工学研究センターも同じです。
教育とは、物知り顔の人を育てることが目的ではありません。「生きる」という根源的なテーマに対して、新しい価値を生み出せる人を育てることが大切です。このような人を育てる創造空間が、今の日本には本当に必要だと感じています。 |
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