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-2008年1月号-
新春トップ対談
成熟市場だからこそのビジネスチャンス
東京大学大学院経済学研究科
伊藤元重教授
ダイワボウ情報システム株式会社
取締役社長  松本 紘和氏

支えるのは変化対応できる経営インフラ
 
 成熟市場にはまだまだビジネスチャンスが残っている」と指摘するのは、テレビ番組のコメンテーターなどのメディアでも活躍中の東京大学大学院経済学研究科 伊藤元重教授だ。2008年を迎えるにあたり、本誌読者には力強いお言葉だ。今回は、ダイワボウ情報システム株式会社 取締役社長 松本紘和氏が伊藤教授を招き、変化対応できる経営インフラのあり方とアイデアの活かし方についてお話を伺った。

伊藤元重(いとう・もとしげ)氏
1951年静岡県生まれ。1974年3月東京大学経済学部経済学科卒業。1978年7月米国ロチェスター大学大学院経済学研究科博士課程修了。1978年9月米国ヒューストン大学経済学部助教授後、1979年2月米国ロチェスター大学経済学博士号(Ph.D.)を取得。1979年10月東京都立大学経済学部助教授、1982年4月東京大学経済学部助教授、1993年12月東京大学経済学部教授、1996年4月より現職。

依然気がかりなのは消費者景気の未回復
松本氏(以下、敬称略)●2008年を迎えるにあたり、徐々に回復傾向にあった日本の経済が停滞していると言われていますが、伊藤先生はどのようにご覧になっていますか。

伊藤氏(以下、敬称略)●2007年9月に発表された四半期ベースのGDP(Gross DomesticProduct:国内総生産)は低調でしたが、2008年の景気動向はそれほど悲観しなくても良いと考えています。ただ、サブプライム・ローンに端を発した国際資金の動きは、最初考えていたよりも深刻になっています。

 また、国内の消費が依然回復していないことも気になります。それは、年金問題などにより将来に対する不安が増大してしまっていることが大きな要因となってきています。そのような中で、「これ以上、悪くなりようがない」という声も聞こえてきていますので、行政側もしっかり制度を整えて頂きたいと思います。

 米国の景気が最高潮だった2004年〜2005年では、“IT”と“グローバル化”が大きなキーワードとなっていました。これら好景気の牽引役となった産業について見てみますと、流通業と金融業が圧倒的だったことがわかります。

 特に流通にはITが欠かせません。分かりやすい例は、米国の最大手の小売店であるウォルマートです。ウォルマートは、トラックで商品を運ぶ際には、トラックにGPSを搭載して運行管理を行っています。このようにして流通では、ITをフルに活用して補完し合うことで、大きな成長を遂げられるのです。

 そのため、ITベンダーやSIerは、単にユーザー側からの要求に応えるのではなくて、ユーザー側の視点に立って相手のビジネスに合ったITを提案することで、商機が広がると思います。

松本●なるほど。どれだけユーザー側の視点に立てるかというのが重要になるわけですね。日本でも先進的な事例はありますでしょうか。

伊藤●セブンイレブンやローソン、イオンなどは、ITでは対応できない価値とITを上手く組み合わせることで成功している好例だといえます。例えば、コンビニエンスストアでは、これまで30年間、フランチャイズの加盟店を増やすことだけがビジネス拡大の戦略とされていました。

 もちろん、商品管理や売り上げ管理はPOS端末を使ってリアルタイムで集約・管理されていました。ですが、コンビニエンスストアというのは、昼休憩中にオフィス近くの店舗に行ったり、帰宅中に自宅近くの店舗に立ち寄ったりするなど、ほとんどがリピーターのお客さんです。

 しかし、現状のPOS端末では、おにぎりを購入した人が、「中年の男性が100円のおにぎりを買った」という情報は記録されるのですが、その人が毎日来ている人なのか、別の人なのかという情報は記録されません。

 そこで、セブンイレブンやローソンでは、クレジットカードや電子マネーなどのカードを使用してもらうことで、顧客の情報を蓄積する方向に戦略が動いています。顧客の情報を収集するには、ITが不可欠です。オンライン上で購入した書籍などをコンビニエンスストアの店頭で受け取るという仕組みも面白いですね。

 ここでは、ITを使ってお客さんを増やすというよりも、お客さんを深堀できることがビジネスを拡大できる大きな要因だと思います。もちろん、従来のようにITを業務効率や業務処理に使うことは重要ですが、マーケティングの分野でも使えるということは大きなチャンスだと思いますね。

 伊勢丹のクレジットカードも特有ですね。伊勢丹では、クレジットカードで買い物すると、基本5%引きですが、年間の買い上げ総額が20万円以上になると7%引き、年間の買い上げ総額が100万円になると10%引きになります。また、通常は二年目以降から年会費が必要になるのですが、年間買い上げ総額100万円以上のお客さんはこれも無料になります。

 クレジットカードの年会費が必要になるというビジネスモデルはとても健全だと私は考えています。米国のある小売店では、年会費という形である程度の料金を徴収しておく一方、お客さんには商品をほぼ原価で提供しています。そうすれば、お客さんに商品を販売してそのマージンで商売するというビジネスモデルではなく、商品を販売するインフラを提供するという別のビジネスが成り立つわけです。

 しかし、伊勢丹は、三越と合併後、グループ全店規模で展開できるかは、システムの統合や連携次第ということになりますね。

インフラを提供することでユーザーと市場が広がる
松本●インフラを提供して成功したビジネスでは、JR東日本の非接触型ICカード「Suica」や、JR西日本の非接触型ICカード「ICOCA」も良い例ですよね。電子マネーを使える仕組み(システム)をJR側が用意して、パートナーに提供したことでユーザーと市場が広がりました。

 首都圏の鉄道や地下鉄で利用できる「パスモ」との相互接続が可能になったというのは、ITのなせる技になります。ただ、希望者が多すぎて、パスモの新規受け付けを停止するなどの予想外の混乱も起きましたが……。


伊藤●変化に対応したくても、経営インフラが整っていないと難しいですね。顧客視点、現場の実情を把握して既存のビジネスに欠けている点を探し出してビジネスモデル化することで、新たな市場やビジネスが生まれます。ただし、その発想をワークフロー化できる経営インフラ、すなわちシステムが整備されていないと、いくら良い発想が生まれても現在の経営環境では実利を得るのは困難ですね。

 流通業の例をもう一つお話しましょう。それは、米国のドラッグストア大手のウォルグリーンです。売り上げの半分が調剤薬局で占めるウォルグリーンは、17時間に1つの新規店を立ち上げているという驚異的な会社なのです。そして、この会社では、売り上げの7%を情報投資に回しているのです。

 17時間に1つの新規店を立ち上げるのが可能な理由は、店舗以外の基幹システムなどがきちんと整っているからです。そのため、後は、新規店を建設するためのロケーションを探すことに注力でき、出店決定の後はすぐに新規店舗を設営できるというわけです。

 また、ITが産業のあり方を変えたという好例もあります。それが、メディカル製品製造や販売、病院への各種メディカル製品配送を行っているカーディナルへルスです。これは、書籍『伸びない市場で稼ぐ』(エイドリアン・J・スライウォツキー + リチャード・ワイズ 著/日本経済新聞社刊)でも紹介されています。


松本●「伸びない市場で稼ぐ」とのタイトルは、ビジネスが成熟している業界にとってはなかなか興味深いタイトルですね。

伊藤●例えば、既存の病院向け薬品ビジネスというのは、病院の経営者に薬品ベンダーが薬の説明を行い、気に入ってもらえれば商談が成立するというビジネスモデルでした。カーディナルへルスでは、病院の倉庫の散らかった悲惨な現状を見て、自分たちで解決できる方法があることを発見しました。

 本の中には、「何を売るのか」ではなく、「誰に売るのか」ということが重要だと記載されています。一番大切なのは、顧客が誰なのか。そして、二番目には、顧客にどういうソリューションを提供するのかが重要だというのです。そして、そのソリューションを提供するには、どういうビジネスモデルが適切なのかということを考えることで、ビジネスチャンスが広がるというのです。

 病院では、盲腸などの簡単な手術の際にも、キャップ、マスク、手袋、メス、ハリなど、多様な道具が必要になります。しかも、こららの道具は医者ごとにこだわりがあってすべて同じ商品というわけではありません。ただ、このような商品は、問屋からすればまったく儲からないのですが、カーディナルへルスでは医者一人ひとりに好みの手術道具を聞いて、それをパッケージ化した形で病院に配送するというビジネスモデルを考え出しました。

 これにより看護師さんは手術前の用意がとても楽になりましたし、卸売り業者側もキットにした方が儲かるわけです。

 また、別の病院には、薬品の盗難を防ぐために、薬の管理棚に自動販売機のような装置を導入して、生体認証により、トビラを開閉できる仕組みを提案して成功した例もあります。生体認証による薬の管理を行えば、在庫管理などの情報もリアルタイムで行え、発注漏れやミスなどを防げるようになりました。

 こういうやり方は、ITだけではありませんが、お客さんのビジネスの中にも飛び込んでいけるので、卸売業者にとっても面白いビジネスが生まれることになりますね。

川上と川下が儲かる!?“スマイルカーブ現象”とは
松本●大企業だけでなく、中小企業も経営凋落にあえぎ続けていますが何か特効薬はありますでしょうか。

伊藤●中小企業の日本における経済シェアは常に一定で推移してきています。ただし、入れ替わりが激しいのも事実です。つまり、ある程度固定した産業構造の枠はありますが、経営環境などの変化に対応できない企業が次々と消えているのです。

 その一方で、変化によって生まれた新しい市場へ参入する企業や、新たな発想によって生み出したビジネスモデルを持った企業が次々と登場して成功しています。つまり、この競争に生き残るには、中小企業にとっても変化対応が不可欠ですね。

松本●このような中で、企業経営者はどのような視点でビジネスに取り組むべきなのでしょう。

伊藤●このような現象を私たちは「スマイルカーブ現象」と名づけています。例えば、アップルの「iPod」は、コンシューマーには非常に人気のある商品となって市場が広がっています。一方でベンダー側も、競合がないような魅力的な商品を開発すればグローバルなマーケットでも勝負できるようになります。

 要するに、顧客に近い部分と素材などの川上のビジネスは儲かるが、真ん中は儲からないという現象をスマイルカーブと呼んでいます。真ん中に位置する多くの企業が儲からないのは、「流して通すだけ」だからです。これなら、ほかの企業もマネができてしまい、市場は大きくても競争が激しくなり収益が下がってしまう。しかし、流通や製品では、なかなか差別化するのは難しいのも実情です。そのため、価格競争力の強い中国企業が有利となる現象が生じている。

 しかし、顧客と対峙するサービスや商品、販売方法などならば、多様なニーズにそれぞれ応えるなど差別化しやすい。また、川上の素材なども、液晶モニターの材料や自動車の部品の材料など、多くの日本企業が付加価値をつけて国際競争力を持っているのです。

 そのような中で、流通などの中間に位置する商流では、ITの仕組みとITにできない部分をうまく隔合させることで、とても面白いことが起きると期待しています。

 例えば、これだけITが進化してくると、本当のビジネスチャンスというのは、ITにできないところにあると思うからです。ですから、ITには取り込めない価値を持っている会社に新しいビジネスが生まれるというわけです。

川上と川下が“Win-Win”になるようなサービスを提案
松本●DISとしては、川上であるメーカーやベンダーの業界の変化や、それに対する戦略を見極め、さらに川下であるエンドユーザーの利用環境の変化やそれに伴うニーズの変化をマッチングさせて、川上と川下とがWin-Winになるようなサービスを、当社の顧客であるメーカーやベンダー、販売店・小売店に提案しなければならないと考えています。

 幸い、グローバル規模でメーカーやベンダーとお付き合いし、地域密着で日本全国に拠点網を構築していますので、この情報収集力を生かして、有効な提案をしていきたいですね。

伊藤●日本は成熟市場ですが、まだまだビジネスチャンスが潜在していると確信しています。この資源をいかに把握して、いかに活かせるかが、企業経営の課題となります。その際、いかに上手にITを活用できるかがポイントになります。ITはイノベーションを繰り返して進化しているにもかかわらず、いつまでも旧来の技術で実現したシステムを使っていたのではダメです。

 ある銀行では、現在の潮流と将来の展望を踏まえてオープンシステムを全面採用していると聞きます。経営や業務、ビジネスそのものが進化するような、ITの活用が必要です。それには、最新技術の活用も欠かせない大切な要件になるわけです。


松本●今後、商品やサービスを提供するだけではなく、ITベンダーが発信する次世代技術の情報などを顧客に伝えて、今後の経営への取り組みを考えることも新たなビジネスチャンスを生むかもしれません。DISの情報網を利用すれば、価値ある情報が提供できます。当社の販売物流管理システム「DIS-NET2」を利用して、ぜひ、実現していきたいですね。
(撮影:秋枝俊彦)
 
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